レーシック取材日記 / 医療問題

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短編フィルム製作中!

視力障害を煩ったのが2007年9月11日。
すでに、5年以上の時間が経っています。

レーシックの取材を始めてから、
これまで、色々な体験をさせてもらいました。

他の患者さんたちと出会い、彼らの話しを聞くと、
いつも勇気づけられました。

再手術に踏み切る決断も、かなちゃんや神田さんが
いなかったら出来ていなかったと思います。

NYに来てから、半年が経過しています。

色々と悩んだ結果、自分の体験を映画にまとめています。

レーシックに関することだけではなく、
視力障害とビジョンに向き合うことがテーマです。

ニュースとしてレーシック問題を扱うことも
将来的にあるかもしれませんが、まずは、これを第一歩にしたいです。

自分を被写体に選ぶことには、いつも抵抗がありましたが、
自分の体験を語ることで、誰かを勇気づけることもできると考えています。

映画、完成したら報告します!
乞うご期待!!

IMG_0454.jpg

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生きてます。

久しぶりにブログの確認をしたら、
東京近視クリニックの広告が目に飛び込んできた。
なんと皮肉な、、。

生きてます。

NYに引っ越しをしたのが、昨年の8月。
レーシック問題を扱った映画を、産み落とすため
日々鍛錬を続けています。

時間があっと言う間に過ぎていきますね。
気をつけないと、すぐおじいちゃん!?

レーシック取材の最近の近況を書きたいところですが、
まだ公表できないこともあるので、あしからず。

目の疲れや身体の辛さは相変わらずですが、
なんとか、前進しています。

もう1回

企画書、
ゼロからやり直し。

仕事と「自分」の両立は大変だけど、
やるしかない。

己を鼓舞して、頭をひねって…


よっしゃ。
もう1回!!

どうにか、成立させますから!

自分を見つめる。

日が変わって、昨日になるが
この企画の相談でテレビ局のドキュメンタリー担当者と
打ち合わせをしてきた。

その枠には、「とがったもの」「人間ドキュメント」を
番組の見応えにしたいという思いがある。

改めて、自分がレーシックを扱う意味合いを考えてみる。

レーシック難民としての僕。
そして、ディレクターとしての僕。

自分という人間が、レーシックをテーマに
番組作りをする上で、唯一、
他のディレクターには描けない事がある。

それは、ディレクター自身の気持ちの変化だ。

この3年間を振り返る。
自分の気持ちの変化は何なのだろう…

レーシックを受ける以前。
それまでの僕は、人生の選ぶ道に絶対の自負があった。
少なくとも、弱者だとは思っていなかった。

小さい頃から、自由奔放に育てられた僕。
親から、「何かをしなさい。」と強いられた記憶はない。
今思うと、それが、両親の教育理念だったのかもしれない。

小学生の頃、友達に刺激されて、自分から中学受験がしたいと
言い出した。エスカレーター式の、中高一貫教育の私立に進んだ。

当初、行くつもりもなかった大学だったが、
先生の薦めで、大学進学を決意。
周りの友人たちが、「志望校選び」に
時間を費やすのを横目に、語学なら役にたつのではと、
外国語大学に進んだ。

しかし、入学直後に、自分の夢は通訳でも、翻訳家でも
ないことに気付く。そして、大学が組み立てたシステムで
奨学金を受け、マスメディアの勉強のため渡米。

2年間の留学を終え、日米2つの大学の卒業単位を獲得した
僕は、迷いなく、マスコミ業界で働くため上京した。

親の経済援助があってこその事だが、自分の選択に
誤ったことはないと思っていた。
それなりに、自信に満ちた22年間だった。

恋愛に関しても、同じことが言えた。
好きな相手と付き合って、好きでなくなったら別れる。
当時は当たり前のことと考えていたが、恋愛にそれ以上の
意味を求めていなかった。
自分の気持ちを優先し、一方通行の恋愛をしてきた。

22歳の9月。
僕はレーシックを受けた。

それまでの価値観は一変した。
築き上げてきた「自信」の2文字は、音を立てて
崩れていった。

自分が選んできた道は、偶然であって、必然ではないと知った。

人生には、「どうしようもない事」が起こる時がある。
僕にとって、その「どうしようもない事」の第一難問が
レーシックの合併症だった。

僕の心の中では、何が変わったのか。

1つ目に、弱者の気持ちが分かるようになった。
そして、
2つ目に、恋愛は支え合う事だと知った。

挫折から立ち直ること、それは
現状を受け入れることから始まると思う。

レーシックを受けて、僕の人生はだいぶ複雑になったが、
この2つの心の変化は、今後の僕にとって、
とても大きな財産になったと思う。

始まりの日。

僕たち、レーシック難民の問題は
一般の人の目に、どう映るのか。

特殊な人たち?
身近な医療の1コマ?
日本の抱える医療問題?

12時間後、判断が下される。

泣いても、笑っても、これが
最後のチャンスだと思う。

期待半分、不安半分。

難民の皆にも、良い報告ができればいいのだが…

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