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レーシック取材日記 / 医療問題

2009 〆

昨日、2009年最後のオフ会に参加した。
そこには、いつものメンバーに加え、新しい参加者の方の姿も。

過矯正になった方の話と、かつての自分の経験が重なった。
「仕事が思う通りに出来ない歯痒さ、悔しさ。
 こんなはずではなかった。」
彼の話を聞いていて、涙がこぼれそうになった。


新しい参加者の方の中には、少し違った経験を持った方も。
彼らの症状は「手術による角膜拡張症(エクタジア)」。
一般的に、エクタジアは症状が進行する場合もあるらしい。
将来の不安はより強いかもしれない。

改めて、合併症は個々で異なると思った。
10人いれば、10通りの悩みがある。

これまで出会った方たちとの一番の大きな違いは、
データ上で不具合の「証拠」が存在する事。

過矯正にしても、偏心照射にしても、
データ上では問題なしと判断されてしまう。
本人の主観的な判断による違和感だけでは、
病院が非を認めるには「証拠不十分」。

まぁ、当然の事かもしれない。
データの上で問題のない患者に補償などを背負うことに
なると、実際は問題がなくても、「はい!」と
手を挙げる悪質なクレーマーも続々登場するだろう。

彼らの話のよると、病院の対応もえらく違うようだ。
治療には積極的に働きかけている。
もちろん治療費は不要。

難民さんの一番の心労は病院が合併症の発生を認めない事と
自覚する不具合とのジレンマ。

そういった意味では、手術によってエクタジアが発生した彼らは
「難民」というグループには入らないのかもしれない。
治療方法を提示される立場にいるという意味で。
どこに進むべきか、迷っていないという意味で。

でも、心労は難民さん達と同じだろう。
逆に、医者に正面から白旗をあげられても、それはそれで苦しい。

難民さん達は皆、様々な治療の可能性の狭間で、
これでもない、あれでもないと、もがいている。

人の苦しみを比較することは出来ない。
レーシックによって視力に問題を抱えたという
共通点は確かに存在している。

英語ではレーシックで合併症、後遺症を患った人たちを
「Post Lasik Patient」と表現している。
直訳すると、「レーシック後の患者」、
「レーシックを受けたが、新たな問題を抱える患者」だろうか。

それにしても、多すぎるのではないだろうか。
5%(一部の情報によると)。
レーシック手術で何らかの問題が起こる患者の確率。

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