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レーシック取材日記 / 医療問題

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レーシック問題を法律の面から考えてみる…

レーシックによる後遺症や合併症が残った方にとって、
クリニックからの正式な「謝罪」と「説明」はいくらか
精神的なストレスを緩和させるものかもしれない。

もちろん、金銭的な面を重視する方も多いと思う。
レーシック被害によって、仕事や学校の継続が困難に
なった人たちの話を聞いていると、将来の生活における
被害額は一体いくらになるのか考えてしまう。

実際、僕自身もこの問題の被害者になっていなければ、
精神的にも金銭的にも、もっと安定した生活をしていただろう。
そもそも、20代半ばでこれほどの診察費・治療費を
病院に払うようになるとは想像していなかった。

しかし、レーシック病院や医者を訴えようと
考える難民は、実に少ない。何故か??

問題は大きく2つあるように思う。
1つは、同意書の存在。

同意書にサインをしたという事実が
被害者がレーシックを自分の意志で選択したという
動かぬ証拠だろう。

合併症や後遺症などのリスクに関する
インフォームドコンセントが医師の口から直接、
しっかりなされたか、なかったかは問題にはできない。

なぜなら、被害者がサインをした同意書には
その人が「リスクを考慮した上で手術を選択した」
と読ませるような工夫がしてあるだろうし、
法廷で病院側は、
「この同意書にあるように、被害者には十分な説明を果たした」
と主張するだろう。

証拠は、被害者自身の「サイン」。

説明義務や責任を追及するには、
被害者はあまりにも劣勢の立場に置かれている。

2つ目の問題は、
レーシック被害者の視覚障害を
説明するデータが揃っていないという点。

難民の中には、
機械で量られる数字データでは『正常』だが、
本人の感覚として異常を感じているという人が
少なくない。

目の痛みや頭痛などの一次的な原因が
レーシックによるものだと証明する医学データを
被害者は持ち合わせていない。

手術を受けてから症状が発生しているのに、
何を馬鹿な!?と指摘がありそうだが、
では逆に、あなたの症状がレーシックによるものだと
いかに証明できるのか考えてもらいたい。

視覚はとても主観的な感覚だし、
エクタジアのような外的異常が認められない限りは、
レーシックによる視力障害を証明する壁は高いと思う。

手術データやカルテなどを元に、
他の医師など専門家に証言してもらうことは
有効な手段だと思うが、同業者を敵に回してまで
法廷に立ってやろう!という医師がいるだろうか…。

仮に、裁判で勝てる見込みがあったとしても、
それは「説明義務違反」や「期待件の侵害」など
少額の賠償金を見込むものであり、その程度の裁判のために
時間を割こうという被害者や弁護士がどれほどいるだろう。

レーシック裁判はやるだけ無駄なのだろうか…。

レーシック裁判に限らず、医療裁判は
日本では「不採算分野」と呼ばれることもあるらしい。
時間と金をかけても、採算がとれない分野という意味だそうだ。

一方、海を渡ったアメリカでは、レーシック裁判を専門に
手がけている弁護士もいるようで、医療裁判と異なる点を
示している。

★金儲けを目的としているレーシック病院の医師は
裁判官から悪い印象を受けることも多い。
「格安レーシック!今なら○○万円!!」のように
医療行為を安売りしているのだから、当然である。

★もともと目の病気や障害がなかった患者に、
レーシック手術でトラブルを生みだしたという点において、
注意を怠った眼科医に対する判断は厳しい。

ううん、納得の部分もある。

ただ注意が必要なのは、
レーシック難民の問題は、最近話題になっている
銀座眼科の問題とは異なり、それぞれ語られる
物語が違うということ。

Aさんが裁判に勝ったからといって、
じゃあBさんやCさんも勝てるかというと、
実際そうとは限らない。

また逆に、ちょっとしたことで、Aさんの
判決を覆すことも可能なのかもしれない…。

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